第三回

3 研究の方法

 まず犯罪認知件数とソーシャル・キャピタルとの関係について実証分析を行う前に、本研究のキーワードにもなるセキュリティとソーシャル・キャピタルについて比較的抽象的なレベルで理論的な整理を行う(第1章、第2章)。それはセキュリティに対して目下主張されているのが、監視の強化、警察力の強化、法の厳罰化というハードなアプローチであるが、本研究ではオルタナティブアプローチとしてソーシャル・キャピタルという視点に基づき考察するためである(第3章)。
 そして「セキュリティの担保において協調行動を促進するソーシャル・キャピタルは有効かどうか」という理論的関心を引き継いだうえで、具体的に実証可能になるように操作化し、「犯罪認知件数とソーシャル・キャピタルとの具体的な関係を実証分析する」という流れを取っているためである(第4章、第5章、第6章)。単にデータによる実証研究に終わらせないためにも、まず実証研究の背後にある理論的関心を先に述べておく。

 さらに実証分析の方法も以下の方法をとる。本研究では「犯罪認知件数とソーシャル・キャピタルとの間に具体的にどういった関係があるのか」という問いを立て実証分析を行うのだが、都道府県レベルのデータを用いて犯罪発生とソーシャル・キャピタルとの関係について分析を行う。なぜ都道府県レベルのデータを用いるのかという理由については、犯罪認知件数よりもソーシャル・キャピタルに関するデータのアベイラビリティに大きく制限があるためである。ただここで都道府県レベルのデータを使うことは、ソーシャル・キャピタルという概念から連想される「地域社会」「社会的ネットワーク」という概念にきちんと結びつかないように思われるかもしれない。しかし、「地域の催しにどの程度参加しますか」というような質問を統計学的に都道府県レベルにまとめていることから、十分なサンプル数が確保されれば地域特性は統計により代表されることとなり問題はないといえる。
 そして本研究の方法上の特色としては、両者の間の「具体的な」関係を探ることにある。それは既存の研究において「犯罪発生とソーシャル・キャピタルの両者には負の相関があるので、コミュニティなどの役割が重要である」ということを主張しているにとどまっているためである(Putnam 2000など)。そこで本研究では主にパットナムの研究方法に依拠しつつも、ソーシャル・キャピタルの構成要素である「信頼」、「互酬性の規範」、「ネットワーク」というレベルまで降りて犯罪発生との関係を分析する*1ソーシャル・キャピタルの構成要素にまで降りて分解することで、ソーシャル・キャピタルが説明力を有するといっても、具体的にどの構成要素が説明力を持っているのかまで明らかにできる。具体的な要素レベルまで考える意図は、ソーシャル・キャピタルの蓄積が犯罪発生抑止や組織パフォーマンスに効果があるといっても、「信頼」「互酬性の規範」「ネットワーク」の中で効果のある構成要素が対象によって異なると考えられるためである。このように犯罪抑止という文脈において、ソーシャル・キャピタルの構成要素の中で何が主に説明力をもっているのかまで明らかにしたい。

 また研究方法として、実証分析の対象も犯罪のレベルで二つに分けたいと思う。すなわち暗数が少なく警察も捜査に力をいれる「凶悪犯」と近年の犯罪増加*2 の原因となっている自転車の盗難など微罪が主である「窃盗犯」の二つに分ける。それは犯罪とひとくくりに言っても、殺人と自転車の盗難はレベルの異なる話だと思われるからである。またソーシャル・キャピタルが犯罪に有効だとしても、殺人・強盗といった凶悪犯に効くというよりは、窃盗といった微罪にソーシャル・キャピタルが効くと思うからである。そこで実証分析での仮説の一つ目は「ソーシャル・キャピタルは凶悪犯よりも窃盗犯に有効に作用する」というものである。
 また仮設の二つ目として、「ソーシャル・キャピタルは生活社会で生じる犯罪に対しては有効に作用するが、サイバースペースアンダーグラウンドで生じる犯罪には有効に作用しない」という仮説を提示する。ソーシャル・キャピタルには地域社会での人々の信頼や呉酬性に基づく規範、社会参加のネットワークといったものが含まれるが、そうしたネットワークには範囲があり、ある空間範囲を越えるサイバースペース上での犯罪を食い止めることや、また地下に潜るような犯罪を市民が協力して防止するということは想像しがたい。したがって二つ目の仮説を提示したい。ただここでは簡単に仮説の提示にとどめ、仮説の詳しい背景は第4章で述べる。

4 ソーシャル・キャピタル研究の困難さと本研究の意義

 ここで一般的な研究の状況を少し述べておくと、そもそもソーシャル・キャピタルという概念自体に対して様々な議論や批判がなされている。理論的な研究では、ソーシャル・キャピタルは果たして「資本」と呼べるのかどうかという根本的な議論がある。ソーシャル・キャピタルの歴史的な経路依存性、およびそれにともなう社会的格差にも批判がある(Portes 1998)。そしてソーシャル・キャピタルは個人のレベルにとどまるのか、都道府県のレベル、国家のレベルにまで該当するのかといった適用範囲に関しても論者の意見は分かれている*3
 またソーシャル・キャピタルの構成要素や測定方法に関しても合意には程遠い状況である。目下、実証分析の方法は、「○○は信頼できるかどうか」「●●にどのくらい参加しますか」といったソーシャル・キャピタルに該当すると思われるデータと制度パフォーマンスを表すデータとの相関関係をみるといったものである。もっと適切なデータがあるのではないかという疑問や、相関関係ということに関しても、あくまでも相関関係であって因果関係ではないこと、相関関係では「なぜ」「どのようにして」というメカニズムがわからないことという批判が存在する。さらに「なぜ」「どのように」というメカニズムを明らかにしようとしても、日本を対象にしてソーシャル・キャピタル研究を行うには使用できるデータが極めて少ないという困難がある。このような使用できるデータの制約によりソーシャル・キャピタル研究は大きな制約を受けていると言わざるをえない。
 このように理論的なレベルでも様々な議論がなされているため、実証的なレベルでもソーシャル・キャピタルの測定方法について未だ確たる方法が存在しておらず研究上の課題となっている。そもそも信頼や人々の関係という目に見えない対象を具体的に測定し数値化することという実証研究の第一歩さえ、きわめて困難なことなのである。そこでソーシャル・キャピタルという「目に見えない資本」を重視する立場は、とりわけ法制度や設備投資などの資本を重視する立場に対して弱くなってしまう。
 さらにソーシャル・キャピタルが学術的に重要だとしても、政策としてソーシャル・キャピタルを用いる時に困難が生じてくる。つまりソーシャル・キャピタルさえあれば何でも解決可能な「魔法の杖」のように、安易に、そして曖昧なかたちでその概念が使われることもあったり、また行政が「市民参加」「協働」という名目のもとで市民を動員する際の隠れ蓑としてこの概念を使う可能性もあったりするなど、学術上以外の理由で「ソーシャル・キャピタル」概念の使用は難しくなっているということも指摘しておかねばならない。

 このようにソーシャル・キャピタルを巡る研究状況は困難なものが多々あり、様々な議論と批判にさらされている。しかしながら様々な議論と批判をアカデミズム内外で引き起こしたことこそがソーシャル・キャピタルの魅力を物語る証左である。したがって政治性を抜きにソーシャル・キャピタルを検討する試みは学術的に重要であるし、セキュリティが問題となっている現在で、本研究のように犯罪という分野でソーシャル・キャピタルを考察する試み自体が現在では多くなく、かつ両者の具体的な関係を実証的に問う研究はほとんど存在していない。そこに本研究の意義がある。
 またセキュリティという身体レベルの欲求を喚起する問題については、感情的に語られやすく、現状ではそうしたムードで語られやすい問題を論理的に冷静に記述する必要がある。それは今後政策につなげるためにも、一度学術的に冷静に記述する意義がある。

5 本研究の概観

 さてここで本研究での展開をあらかじめまとめておくと、まず第1章において、近年、セキュリティがなぜ社会的に重要視されているのかを情報化を背景としたグローバル化再帰的近代化によるリスク社会化といった大きな社会変動との関係において理論的なレベルで位置づける。第2章ではそのセキュリティに対するアプローチとして、ソーシャル・キャピタルをめぐる議論を定義、機能、他の似た概念との比較検討を通じて整理しておく。第3章ではそのような理論的な整理をうけて両者をまとめる章であり、セキュリティに対するアプローチとして警察力の強化というハードなアプローチではなく、オルタナティブとしてのソーシャル・キャピタルを述べる。あわせて第3章でセキュリティの担保におけるソーシャル・キャピタルに関して予想される疑問点にも答えておく。そして第4章以降ではセキュリティに対するソーシャル・キャピタルの役割について実証的に検証する。具体的には第4章でパットナムの理論枠組み、および実証分析の方法を検討したのち、実証分析で用いる仮説を提示する。そして第5章でソーシャル・キャピタル・インデックスを作成方法の検討した後に、実際に作成する。そうした第4章、第5章の作業を受けて、第6章で犯罪発生件数とソーシャル・キャピタルの2変数を、さらに社会統制変数や流動性指標としての経済変数を加えた多変量分析を行ない、ソーシャル・キャピタルの説明力を考察する。最後の終章では第1章から第6章での議論をまとめ、今後考えられるインプリケーションを述べる。

*1:なお信頼、互酬性の規範、ネットワークはソーシャル・キャピタルの構成要素と述べたが、これらは潜在的な要素のうちの一部分であって、構成要素のすべてではない。ソーシャル・キャピタルの理論を表象するものを挙げると、信頼、互酬性の規範、ネットワークのようなものが考えられるということである

*2:ここでいう犯罪増加とは、あくまでも統計上の見た目の話である。

*3:ソーシャル・キャピタルの適用範囲に関する詳しい議論は第5章で行う。