ソーシャル・キャピタル研究の現状と方向性

別のもので書いたものを転載します。ただこれは時間をかけて書いたものというより、頭の整理をかねて書いてみたものですので、内容に関しては暫定的です。そのことをはじめにお断りしておきます。

ソーシャル・キャピタル研究の現状と方向性
―「構造的」「認知的」という2分法に注目して―


1.本稿の目的と方法
 本稿はソーシャル・キャピタル研究の現状と今後の研究の方向性について考察するものである。とりわけソーシャル・キャピタルの「構造的」「認知的」という2つの側面に基づき、その理論と分析に用いられる実証データについて考察する*1


2.ソーシャル・キャピタルとその背景
 近年、新しい市民社会論の高まりとともに、NPONGOに対する注目やボランティアに対する注目が高まっている。この注目の原因として考えられるのは、情報化を背景したグローバル化が起こっている中で新自由主義に代表される立場への賛否であろう。ここで通時的な大きな流れを振り返っておくと、1930年代の大恐慌に見られる「市場の失敗」、そして1960、70年代の福祉国家を経て80年代に顕在化した「政府の失敗」、さらには社会主義国ソ連の崩壊に伴う冷戦の崩壊を経た中で、市場の役割をどのように見るのかが問われている。そこで「政府の失敗」を経た中で「市場の失敗」をどのように補うかが問われており、政府・市場以外の第三セクターとしてNPONGOに注目が集まっている。そしてNPONGOを支える理論的な裏づけとしてソーシャル・キャピタルが注目されている。
 今日ソーシャル・キャピタルに注目が集まるきっかけとなったのは、アメリカの政治学者パットナムの研究である(Putnam 1993=2001)。この中でパットナムは、イタリアを事例に北部と南部を比較検討した結果、政治制度をうまく働かせるには市民性が蓄積されていることが必要であると述べ、北部と南部の市民性の違いは歴史的な経路依存性に負っており、市民性を表す指標としてソーシャル・キャピタルを用いた。具体的なソーシャル・キャピタルの定義としては、「人々の協調行動を活発にすることによって社会の効率性を改善できる、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴」(Putnam 1993=2001: 206-207)というものである。このパットナムの研究(Putnam 1993=2001, 1995, 2000)がきっかけとなり、各国政府や世界銀行でもさかんにソーシャル・キャピタルの研究が進んでいる(Grootaert 1998; 国際協力事業団 2002; 内閣府 2003)。
 さらにパットナムに大きな影響を与えたのは、アメリカの社会学者ジェームズ・コールマンである。コールマンによれば、ソーシャル・キャピタルとは単一の実在ではなく、次の二つの属性を共有する非常に多様な存在である。つまり「1.社会構造のある側面からなる、2.その構造の中に含まれている個人に対し、ある特定の行為を促す」(Coleman 1990=2004: 475)という2つの属性をもっているものである。ここでは「構造」と「個人の行為」という異なる2つのレベルが考察されており、この考察はギデンズの構造化理論やブルデューハビトゥスという考え方とも通じる、理論的に興味深いものである。
 このように実務的にも、理論的にもソーシャル・キャピタルは注目を集めている。


3.ソーシャル・キャピタル研究の現状―「構造的」と「認知的」の2分法から
 上記の背景を踏まえたうえで、ソーシャル・キャピタル研究の現状を考察してみる。ソーシャル・キャピタルの構成要素としては、パットナムが述べるように「信頼」「互酬性の規範」「ネットワーク」が考えられる*2。そして現在の研究状況としてはさらなる概念の精緻化がすすんでおり、ソーシャル・キャピタルを分類する方法として「構造的」「認知的」という分け方をすることがある。この分類によれば、パットナムのいう「信頼」「互酬性の規範」は「認知的」なものに対して、「ネットワーク」は「構造的」なものである*3。この「構造的」「認知的」という枠組みに注目して、以下ソーシャル・キャピタル研究の現状と方向性について理論と実証データから考察する。
 ソーシャル・キャピタルのうち構造的なものに注目して研究している大きな立場として社会ネットワーク分析が挙げられる(Lin 1999; Lin et al. eds. 2001; Lin 2002)。そしてネットワークについて見てみると、ネットワークの強・弱で分類することが出来る(Granovetter 1973)。社会ネットワーク分析によれば、ネットワークは点(node)と紐帯(tie)で表すことができ(安田 1997)、強い紐帯によるネットワークからなるソーシャル・キャピタルをbonding type と呼び、弱い紐帯から成るネットワークをbridging typeと呼ぶ。前者はネットワークの範囲としては狭く、内部志向的なのに対して、後者はネットワークの範囲が広く、外部志向的であるといえよう*4。また情報の取引コストに注目して分類すると、前者は情報の信用コストが低くなるが情報検索コストが高くつく。一方で後者は情報検索コストが安くなる一方で、情報信用コストは高くなる。このようにパットナムのソーシャル・キャピタル概念はネットワークの強弱に注目する形で精緻化されている。
 また社会ネットワーク分析において実証分析を行なう際に用いられるデータとしては、意識的なデータ(例えば社会心理学的なデータ)よりも、個人の年収や交際している人の数―ネットワークを構成する点(node)の数―や関係の深さ―紐帯の強弱―という実体的なデータが多いようだ。その理由としては社会ネットワーク分析では分析の最小単位として個人に設定し*5、上記で述べたような比較的数量化しやすいデータを用いて分析することが適合的であるということが挙げられる。
 現在ではソーシャル・キャピタル研究を理論的にも実証的にも発展させているグループは社会ネットワーク分析を背景にしていることが多いといえる。それは個人という分析単位と数量化しやすいデータという2つの背景がある。その意味でソーシャル・キャピタル研究の中でも経済学的な手法に近いといえる。

 その一方でソーシャル・キャピタルのうち認知的なものに注目すると、信頼研究や社会心理学の立場による研究が代表的である。信頼研究としては山岸俊男の研究(山岸1998, 1999)が挙げることができ、山岸は安心と信頼を区別している。つまり、


信頼は、社会的不確実性*6が存在しているにもかかわらず、相手の(自分に対する感情を含めた意味での)人間性ゆえに、相手が自分に対してそんなひどいことはしないだろうと考えることである。これに対して安心は、そもそもそのような社会的不確実性が存在していないと感じることである(山岸1998: 40)


 この定義を踏まえたうえで以下のように言える。


安定した社会的不確実性の低い状態では安心が提供されるが、信頼は生まれにくい。これに対して社会的不確実性の高い状態では安心が提供されていないため、信頼が必要とされる(山岸1998: 50-51)


 この山岸の社会心理学的な信頼研究と先ほど述べたネットワークの強弱を重ね合わせて議論すると、社会的不確実性が低く安心が求められる社会心理状態に適合的なのはネットワークの範囲が狭く、強い紐帯で結びついたbonding typeのソーシャル・キャピタルであり、その一方で社会的不確実性が高く信頼が求められる社会心理状態に適合的なのはネットワークの範囲が広く、弱い紐帯で結びついたbridging typeのソーシャル・キャピタルであるといえよう(芦田2006: 第3章)。
 このように信頼という認知的側面からソーシャル・キャピタルを見ると、分析に用いられるデータは意識データが適合的なようである。その理由としては信頼という概念は関係主義的な概念であり、個人に帰属することが難しく、何よりも概念を数量化することが比較的難しいということがあるだろう。したがって社会心理学的な意識データは、信頼という認知的なソーシャル・キャピタルに注目して研究する場合のように、分析単位が集団レベルで、概念をはっきりと数量化することが難しいとき(Durlauf 2002)、またデータをある特定の個人に帰属することが難しいときに用いられる*7
 
 もっとも上記で述べた分類による研究の方向と使用データについては、どちらかというとソーシャル・キャピタル研究における理念型的な分類であるため、実際の研究でははっきりと「構造的」と「認知的」という分け方、またネットワ−クの強弱という分け方がなされているとはいえない。実際の研究では、構造的側面と認知的側面が混ざり合っている部分や、個人のレベルと集団のレベルは相互に関係しあっている。このように「構造的」・「認知的」なものと、個人レベル・集団レベルが相互に関係しあいながら、ソーシャル・キャピタルという概念を形作っていることは注意しておく必要がある。
 
 そして改めて上記のように述べる理由として、ソーシャル・キャピタル研究が社会ネットワーク分析におけるように構造的側面に傾きすぎているように思うからである。分析単位を個人に設定し、実体的データを使って実証分析をすることはソーシャル・キャピタル研究の発展に寄与したことは間違いないのだが、しかしながらその傾向がいきすぎると信頼や互酬性の規範といった認知的側面がないがしろにされる恐れがある。そのような方向性はソーシャル・キャピタルという概念がもっていた魅力を研究の精緻化に反して失わせるのみならず、本稿2節で述べたようなソーシャル・キャピタルに注目が集まった背景―市場を批判的に検討し、うまく社会のために利用するという背景―に答えるというよりも、市場内部で成功するためのきっかけの一つにソーシャル・キャピタルがなってしまうように思える。つまりソーシャル・キャピタルが金融資本、人的資本とともに単なる個人の成功の道具になってしまうことになるのだ。
 したがって、今後望まれるのはネットワークという構造的な面からソーシャル・キャピタルを研究することも重要であるが、それ以上に信頼や互酬性の規範に焦点をあててソーシャル・キャピタルを研究することであろう。


4.まとめ
 本稿ではソーシャル・キャピタル研究をめぐって、理論と実証データを中心に現在の研究状況と今後の方向性について、「構造的」「認知的」という分類法によりつつ検討した。改めて議論をまとめると、ソーシャル・キャピタルをネットワークのような構造的側面からとらえると、分析単位が個人レベルまで降りることができ実体的なデータが利用しやすいこと、一方で信頼や互酬性の規範のような認知的側面からとらえると分析単位が集団レベルになり意識(社会心理)データが利用しやすいことを述べてきた*8
そして今後の方向性としてはネットワーク分析を中心にソーシャル・キャピタルの構造的側面を中心に研究することが、当面はソーシャル・キャピタル研究の精緻化につながるのだが、そればかりになるとソーシャル・キャピタルの認知的側面が置き去りにされ、本来持っていた魅力を失うことになるのではと考えている。したがって当初の概念の魅力を失わずに研究が発展するためには、ソーシャル・キャピタルの認知的側面に注目して研究すること、そして構造的側面と認知的側面の関係を探る試みが重要になってくる。


参考文献
芦田拓真,2006,「セキュリティの担保におけるソーシャル・キャピタルの役割」一橋大学大学院社会学研究科修士論文
Coleman, James S., 1988, “Social Capital in the Creation of Human Capital”, The
American Journal of Sociology, 94(Supplement): 95-120.
――――, 1990, Foundation of Social Theory, Belknap press.(=2004,久慈利武監訳『社会理論の基礎(上)』青木書店.)
Durlauf, Steven N, 2002, “On The Emprics of Social Capital”,
http://www.ssc.wisc.edu/econ/archive/wp2001-03R.pdf , 2005.12.31).
Granovetter, Mark S., 1973, “The Strength of Weak Ties”, The American Journal
of Sociology, 78(6), 1360-1380.
Grootaert, Christian, 1998, “Social Capital: The missing link”, SCI Working
paper No3, World Bank, 1-24.
国際協力事業団,2002,『ソーシャル・キャピタルと国際協力――総論編』
http://www.jica.go.jp/activities/report/field/pdf/2002_04.pdf , 2005.12.31).
Lin, Nan, 1999, “Social Networks and Status Attainment”, Annual Review of
Sociology, 25: 467-489.
――――, Karen S. Cook, and Ronald S. Burt eds, 2001, Social Capital: Theory and
Research, Aldine De Gruyter.
――――, 2002, Social Capital: A Theory of Social Structure and Action,
Cambridge University Press.
内閣府,2003,『ソーシャル・キャピタル――豊かな人間関係と市民活動の好循環を求め
て』.
Putnam, Robert D, 1993, Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy,
Princeton University Press.(=2001,河田潤一訳『哲学する民主主義』NTT出版.)
――――, 1995, “Bowling Alone: America’s Declining of Social Capital”,
Journal of Democracy, 6(1): 65-78.
――――, 2000, Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community,
Simon&Schuster.
山岸俊男,1998,『信頼の構造――こころと社会の進化ゲーム』東京大学出版会
――――,1999,『安心社会から信頼社会へ――日本型システムの行方』中央公論社
安田雪,1997,『社会ネットワーク分析―何が行為を決定するか』新曜社

*1:本稿は筆者の修士論文を内容的に補うものであるが、しかしながらその内容としては筆者が考えていることを暫定的に表すものである。

*2:ここでは「信頼」「互酬性の規範」「ネットワーク」は理論的な定義から導かれる構成要素の1つであり、「信頼」「互酬性の規範」「ネットワーク」がすべてではない。

*3:「構造的」「認知的」というものは相互排他的ではなく、相互補完的なものである。

*4:前者の例としてColeman(1988)が挙げる私立学校の宗教的ネットワーク、後者の例としてはGranovetter(1973)が挙げる転職ネットワークがある。

*5:点(node)は様々なものがとれるが、最小単位としては個人となる。

*6:山岸は社会的不確実性を「相手の意図についての情報が必要とされながら、その情報が不足している状態を社会的不確実性の高い状態」(山岸 1998: 14)と定義している。

*7:学問ディシプリンごとのデータの適用範囲の整理や具体的なソーシャル・キャピタル・インデックスの作成方法については芦田(2006: 第5章)を参照のこと。

*8:この議論はソーシャル・キャピタル私的財と見るのか公共財と見るのかという議論とも関係がある。