アメリカ―多民族と統合

アメリカがイラク攻撃に乗り出しました。その是非については個々人で思うところがあると思います。国連憲章からすれば今回の攻撃は違反です。またイラクのゲリラ攻撃も戦争法違反です。戦争法では兵員同士の戦闘が認められていますが、民間人を兵士が攻撃をしたり、また兵士が民間人を攻撃することは禁止されています。ただ今回でもそうですが、そういった国連憲章や慣習法である国際法を破った場合、誰がペナルティを課すのかが問題です。国内であるならば、裁判所という違法性を判定する機関があり、刑務所というペナルティの執行機関があるわけです。しかし国際法の場合は誰が違法かどうかを判定し、また違法ならば誰がペナルティを課すのかが必ずしも明確でない。国連がそういった役割を果たすのか?これは21世紀のグローバル・ガバナンスの問題です。

さて今回の攻撃に関して、個人的には戦争反対です。しかし日本国としてはアメリカを支持せざるをえません。国会では支持すべきでないとの声も共産党社民党を中心に聞かれます。あいもかわらず現実理解力が不足しているといえます。こんなことを書くと「右」のように感じますが、私個人の思想としては中道左派つまり左よりです。といっても従来の左とは違って、現実感のある左、理想主義的現実主義者です。ではなぜ日本はアメリカを支持せざるをえないのかというと、よく言われるように北朝鮮の脅威がありますが、もっと根本的な理由があるのです。つまり現行の憲法において9条は軍事力放棄を宣言している。だれに対して宣言しているのかというと、国際社会もそうですが、それよりも我々国民に対して宣言しているのです。憲法とは国家が市民に対して守るべき条項です。逆にいうと市民が国家というホッブズの言う「リバイアサン」を縛るためのものです。そうして憲法9条で軍事力を放棄することになっている(現実には自衛隊がありますが)。その国家としての軍事的空白を埋めるためにあるのが「日米安全保障条約日米安保)」です。つまり現行の日本国憲法日米安保はセットなのです。このセットという体制を受け入れるかどうかで論争が戦わされました。吉田茂南原繁とのあいだの論争です。吉田は受け入れることで経済復興に専念しようとした。南原は長期的に見て日本の独立のために拒否する論陣を張った。いまでは吉田の選択は正しかったと言われている。

憲法と安保がセットで機能する、そう考えるとこれまでの左派が主張してきた「護憲、安保反対」は全く正しい理解のともなわない感情的な非現実的なものであったと分かります。そして今日も「憲法と安保がセット」は変わっていない以上、日本は軍事的空白を生まないためにも安保堅持つまり、アメリカ支持をせざるをえないのです。私は事実上日本はアメリカの51番目の州と言っていいと思います。実際にアメリカの借金をファイナンスしているのは日本です。日本がアメリカの最大の債権者です。

では話を本題に入れます。なぜアメリカはそう戦争をするのかということですが、簡単にいうと「アメリカは敵がいないとやっていけない」「敵を必要としている」のだと思います。アメリカは多民族国家です。それこそ世界中から人がやってきます。アメリカ自体が小さな世界といっていい。そしてそういった多民族国家を維持するためには多大な努力が要ります。何よりの努力はアメリカの教育です。アメリカの教育に関して初等教育がダメで大学以降がすごいと言われます。ではアメリカは初等教育で何も対したことをやっていないのかというとそうではなく、ちきんとやっています。何をやっているのかは「世界中から集まった人たちをちきんとアメリカ人にする」教育を歴史を教えたりしてやっているのです。ですから少々テストの点数が低かろうがちきんとしたアメリカ人になってもらうほうが国の維持には必要です。そして知識は大学以降で徹底的に鍛えるのです。

そしてアメリカという国が作られる。それでもアメリカは多民族国家ですから、民族自立を刺激するようなこと、例えばいくらチベットが中国から酷いことをされようが、チベットの独立を諸手を挙げて賛成するわけには行かない。ただでさえ分離圧力が強いですから、それを上回る統合圧力がいるのです。その最終的な統合圧力がナショナリズムだと思います。つまり敵をつくりそれに対して一致団結を呼びかける。その敵の役割はずっとソ連がやってきた。しかしソ連は崩壊した。ある意味、ソ連があったから強いアメリカがあった。共産主義があったから強い資本主義があった。それが崩壊してしまった。そして次なる敵としてイラクが持ち上がったのです。90年代初頭の湾岸戦争イラククウェートから追い出しただけでした。敵が必要なアメリカにとって一番いいのは「敵を生かさず殺さず」です。下手にイラクフセイン体制を潰すとまた敵を見つける必要がある。今回アメリカはイラクフセイン体制を完全に潰す気でしょう。イラクを崩壊させても新たな敵がいますからね。それは北朝鮮です。10年前の段階で北朝鮮の脅威についてはさほど明らかでなかったですが、今となってははっきり脅威といえますからね。またイラクが崩壊しても、キリスト対イスラムの構図は残りますから、アメリカの「統合圧力としての敵」は存在しつづけることになります。

あとは蛇足で述べておきますが、キリスト教イスラム教は実はそう完全に相反するものではない。そもそも宗教とは「行動するときの原理・規範」です。つまり宗教がないと何をもとにして行動すればいいか分からない。日本が特殊なのです。日本の行動が場当たり的・曖昧・一貫性がないのも宗教がないことと無関係ではないでしょう。さてキリスト教イスラム教ですが、バージョンが違うだけで実は崇拝する神様も同じです。名前がキリストかアラーの違いだけです。大雑把に言えば、ユダヤ教を改良したのがキリスト教であり、キリスト教を改良したのがイスラム教です。つまりパソコンのOS(基本ソフト)でいえば、ユダヤ教はウィンドウズ95、キリスト教が98、イスラム教が2000といえます。イスラム教は本当に改良して作られましたから、宗教が法と一致するのです。宗教に忠実であれば、法にも自動的に従うようになっている。では、そうしたある意味キリスト教よりもすぐれたイスラム教ですが、実際に世界に目を向けるとキリスト教世界のほうが発展している。しかももともとキリスト世界にいろいろ教えたのはイスラム世界です。イスラム世界としてはかつて自分達がいろいろ教えたから、今のキリスト世界がある。しかしいまやキリスト世界の方がよい生活をしている。これではキリスト世界に対する怒りのようなものが生まれてきます。そういう背景があるわけです。

もうひとつ蛇足ですが、フランスがなぜ今回にかぎらずアメリカにたいしていろいろモノをいえるのかということですが、これも昔の歴史をかんがえると分かります。アメリカは今でこそ世界1ですが、300年前、西暦1700年前後の世界一はイギリスです。これはみんな良く知っている。ではその前はどこかというとフランスです。当時はブルボン朝と言いました。ルイ13世や14世ですね。イギリス王はこのブルボン朝の家来でした。ブルボン朝に忠誠をちかった諸侯の1つと言ったほうが正確ですか。では覇権国を考えるとフランスの前のヨーロッパはバラバラで、同じ頃イスラム世界が発展していた。その前(その頃はまだイスラム教(7世紀成立)はありませんでした)はローマ帝国ですね。ですからフランスにとっては今でこそアメリカが世界一ですが、フランスにとってみれば「ポッと出の国が何いばってんだ」と感じているでしょうね。だからEUの政治的覇権をフランスが握りたがっている。経済的にはドイツですが。フランスがアメリカに対していつも強硬なのはそういった歴史があることが大きいでしょう。実際的にはグランゼゴールというフランス独自のエリート養成機関の存在によりアメリカのエリートに対抗できるということもあるでしょう。

長々と書きましたが、今回のイラク戦争には様々な要因が絡み合っているといえます。