軌跡

自分の関心はあくまでも、「技術が社会(システム)に与える影響」についてだから、技術そのものに興味は無い。この趣旨は、今の会社の入社式でも述べた。

このような関心をもった背景を振り返っておくと、昔からその気(け)はあったようで、小学生のときになりたかった職業は「建築家」だった。技術が人間の生活を規定する、しかもアートである。幼いながら、論理的で感覚的な建築というものに惹かれた。

そして、個人的には文科系科目の方が好きだったにもかかわらず、理数科目の方が出来たこともあって、また周りの進め(洗脳)により、高校は理系コースに進んだ。高校で惹かれたのは、物理。シンプルな数式で、世の中の法則を説明していることに感銘を受けた。

このころはそういう、世の成り立ちに興味を覚えて、「精神があるから物質を認知できるのか」「精神がうまれるには、物質が構成されなければならない」「物質を構成しただけでは精神になりえない」など考えていたが、このことは今考えていることにも通じているだろう。(行動主義とか、アフォーダンスとか、記号論、意味論とか、後々学ぶことになるのだが、このときは知る由も無い)

転機は予備校時代に読んだ一冊の本。マーシャル・マクルーハンメディア論―人間の拡張の諸相』を読んで、メディアによる身体の拡張とか、空間の折り重なりとか、情報工学そのものよりも、技術が社会に与える影響について学んでみたいと思い、社会学を志した。だから入学したのは工学部ではなく文学部。

その後、就職に有利・不利を考えたことや、また社会を知るには経済・政治も学びたいと思い、2年に上がると同時にSFCに移った。学部2、3年の頃は政策をかなり実証的に研究していて、卒業後はそのまま外資系か政府系の金融機関に行こうと思っていたのだが、3年終了時に研究面で浮かんできた疑問があった。それは「経済政策やそれを支える政治制度を支えているのは何か」、つまり「経済政策の前提条件である政治プロセスのさらに前提条件は何か」というもの。その疑問に答えてくれたのが、ロバート・パットナムの『哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造 (叢書「世界認識の最前線」)』だった。パットナム曰く、制度を支えるものは歴史的な伝統に座した社会関係資本の有無であると。そこから再度、社会学の方へ研究の方向性を変えていった。同時に大学院進学にシフトしていった。

そして今や、IT関連の職についている。学部で経済政策を研究していたころには思ってもみなかったことだし、大学院に入ったときにも思っていなかった。では、そこにいたるきっかけを与えてくれたのは何かと言うと、ローレンス・レッシグの『CODE―インターネットの合法・違法・プライバシー』という本の影響。法、市場、規範に加え、アーキテクチャによる制御という考え方に影響を受けた。

ここでも社会の理解のためには、情報技術的なアーキテクチャを学ぶ必要があると思い、(就職する気はあんまり無かったのだが、どうせ就職するなら)コンサルティングシンクタンクを選んで、今日に至る。『CODE』は当時の情報社会研究と現在の実務の間をつなげてくれた。

結果、会社に入り1年経ち、様々な気づきが得られた。それと同時に、現場で学ぶことは、非常に時間がかかることも知った。

今の職場には、あと2年くらいはいると思うが、その後大学にもどって研究するか、ウェブサイト・ウェブメディア寄りの職場(サービスの対象がより社会的な職場)に環境を移すかするだろう。