第十五回

第6章 犯罪発生に対するソーシャル・キャピタル

1 犯罪発生とソーシャル・キャピタルの2変数分析

 では第4章で検討したパットナムの研究枠組み・方法論に基づき、同章で検討した仮説1と仮説2について、第5章で作成したソーシャル・キャピタル・インデックスを使用し、実証分析をおこなう。
 まずは2変数間の分析を行なう。ここでは「ソーシャル・キャピタル・インデックス」を主に見るのが主眼であるが、そのほかにも「信頼」「ネットワーク」「互酬性の規範」の三つも加えて分析をしている。そして犯罪認知件数も、一般刑法犯(CRIME)、窃盗犯(CRIME1)、凶悪犯(CRIME2)、粗暴犯(CRIME3)、知能犯(CRIME4)、風俗犯(CRIME5)と六つ設定して分析している。以下はソーシャル・キャピタル・インデックスをはじめとする変数と、犯罪認知件数との相関係数である。なお、データのサンプル数は都道府県ベースのデータのため、いずれも47である。

表 2 相関係数
N=47
  TRUST  NETWORK  RECIPRO SCINDEX 分析
TRUST  1 .764(**) .653(**) .892(**)
NETWORK  .764(**) 1 .773(**) .933(**)
RECIPRO  .653(**) .773(**) 1 .892(**)
SCINDEX  .892(**) .933(**) .892(**) 1
CRIME  -.459(**) -.536(**) -.624(**) -.595(**)  分析1
CRIME1  -.455(**) -.526(**) -.607(**) -.584(**)  分析2
CRIME2  -.487(**) -.585(**) -.523(**) -.587(**)  分析3
CRIME3  -.509(**) -.571(**) -.460(**) -.567(**)  分析4
CRIME4  -.165      -.102  -.194 -.170  分析5
CRIME5  -.204    -.285 -.245   -.270  分析6
(** 相関係数は 1% 水準で有意 (両側) です。)


変数
TRUST:親戚・隣近所・職場での信頼を標準化平均したもの
NETWORK:親戚・隣近所・職場以外・なんでも相談できるつきあいを標準化平均したもの
RECIPRO:弱い人へのボランティア・地元参加・地元の人情を標準化平均したもの
SCINDEX:上記3つを平均し、ソーシャル・キャピタル・インデックスとしたもの
CRIME:人口千人あたり犯罪認知件数
CRIME1:人口千人あたり犯罪認知件数(窃盗犯)
CRIME2:人口千人あたり犯罪認知件数(凶悪犯)
CRIME3:人口千人あたり犯罪認知件数(粗暴犯)
CRIME4:人口千人あたり犯罪認知件数(知能犯)
CRIME5:人口千人あたり犯罪認知件数(風俗犯)


 まず「ソーシャル・キャピタルは凶悪犯よりも窃盗犯に有効に作用する」という仮説1を検証する。分析結果として、表2よりソーシャル・キャピタル・インデックスと犯罪認知件数との間に負の相関が確認された。したがってソーシャル・キャピタルの増加は犯罪発生を抑制する働きがある。分析2、分析3、分析4の結果から、ソーシャル・キャピタルは窃盗犯、凶悪犯、粗暴犯のいずれに対しても負の相関が見られることが分かった。ソーシャル・キャピタルを構成する、信頼、互酬性の規範、ネットワークの要素レベルで見てみると、分析2から窃盗犯に対しては互酬性に基づく社会参加が、分析3から凶悪犯に対しては人々のネットワークが有効であると発見された。また分析4から粗暴犯にも人々のネットワークが有効であると発見された。
 これらのことから考察すると、仮説1というのは全面的には支持されないことがわかった。つまり「ソーシャル・キャピタルは窃盗犯のみならず、凶悪犯や粗暴犯にも有効に作用する」という結果が出たからである。そして構成要素まで分析レベルを下ろした結果を分析すると、ソーシャル・キャピタルの中でとりわけ互酬性の規範が凶悪犯よりも窃盗犯に有効に作用し、その一方人々のネットワークは窃盗犯よりも凶悪犯・粗暴犯に有効に作用するというものである。
 議論をまとめるとソーシャル・キャピタルは、窃盗犯のみならず凶悪犯や粗暴犯にも有効に作用するのであるが、その作用の仕方は犯罪の種類によって変化するということである。仮説1は全面的に支持されなかった。

 次に2番目の仮説である「ソーシャル・キャピタルは生活社会で生じる犯罪に対しては有効に作用するが、サイバースペースアンダーグラウンドで生じる犯罪には有効に作用しない」というものを検証する。そのためにソーシャル・キャピタル・インデックスと知能犯、風俗犯との相関関係も分析した。知能犯を分析した分析5、風俗犯を分析した分析6の結果から鑑みると、知能犯、風俗犯とソーシャル・キャピタルとの相関関係は有意ではなかった。つまり両者の間には相関関係が存在せず、とりわけ知能犯とソーシャル・キャピタルとの相関係数は低いものである。
 したがって「ソーシャル・キャピタルは生活社会で生じる犯罪に対しては有効に作用するが、サイバースペースアンダーグラウンドで生じる犯罪には有効に作用しない」という仮説2は支持された。

 このことも踏まえ分かったことは、ソーシャル・キャピタルは犯罪の抑止に効果があり、またソーシャル・キャピタルが犯罪の種類によってその反応を変えることである(分析1,2,3,4)。
しかしその一方で、ソーシャル・キャピタルが犯罪に対して抑止効果があるといっても、全ての犯罪に対して有効に機能するのではなくその限界もあるということである(分析1,5,6)。とりわけサイバースペースを含め空間を越えるような知能犯と地下にもぐりやすい風俗犯に対してソーシャル・キャピタルが通用しないことは、ソーシャル・キャピタルのもつ性質を間接的に表しているといえよう。ソーシャル・キャピタルの効果は日常のリアルスペースに限定されたものであるといえよう。

 これらの分析結果をもう少し一般的な議論につなげるとすると、犯罪の抑止のためには犯罪を起こしにくくさせる互酬性の規範や実際の交流ネットワークが重要であるということだ。そして信頼・規範というのは比較的認知的な(cognitive)ものであり、ネットワークというのは構造的(structural)なものである。
 犯罪に対して動機付けがなされたとしても、従来自分が形成してきたネットワークを壊してまで罪を犯すのは一般的には合理的な選択とはいえないだろう。そうすると、まずは合理的な選択の結果、罪を犯さない方が合理的であるようにネットワークや互酬性の規範が存在していることが必要となる。そしてそれでも罪を犯す人物に対しては別の方策を考慮することが求められる。これらのことは第3章で述べたとおりである。そしてこの第6章での実証分析はそれらを裏付けてくれるものとなった。
 またソーシャル・キャピタルの犯罪抑止効果には空間による制限があるという結果が出たのだが、このことを理論的に考えるとネットワークの範囲・密度ということが関係しているだろう。ソーシャル・キャピタルの社会ネットワークからの分析はソーシャル・キャピタルのネットワーク性に焦点を当てるものであるが、それらの知見を借りると大きなネットワークも小さなネットワークから構成されるということが重要だ。つまりソーシャル・キャピタルによるセキュリティを考える際に重要なことは、一つの大きな均質的なネットワークを考えるというよりも、小さなネットワークの集まりとしてソーシャル・キャピタルを考えるということだ。したがって空間による犯罪抑止効果の制限という時には、理論的にはネットワークの範囲が至らないとことや、またネットワークの密度が比較的薄いところと考えるべきであろう。例えばインターネット上の犯罪については、インターネットが物理的な距離を越えやすくさせる可能性も開いたことも確かだが、その一方でネットワークの紐帯の(潜在的な)数を増加させた結果ネットワークの密度を下げたりする可能性もあるのである。