第十一回

2 パットナムの研究から導ける実証分析の方法における課題

 それでは次にパットナムの研究の課題に関する考察に移る。そもそもパットナムのソーシャル・キャピタル概念そのものに対する批判があるが、それはパットナムに対する批判として不十分であろう。パットナムが直接理論的に依拠するのは社会学者のジェームズ・コールマンである。そしてそのコールマンにしても、それ以前にジェーン・ジェイコブズなどがソーシャル・キャピタルについて言及しているのを受けて概念を構築している*1。したがってソーシャル・キャピタル概念そのものを巡ってパットナムを批判することは筋違いといえる。すなわちパットナムはソーシャル・キャピタルを打ち出すにあたって、様々な知見を援用しているため、ソーシャル・キャピタル概念そのものの再検討・批判的検討のためにはそうした背後の援用概念も検討することが必要になってくるだろう。
 本稿ではソーシャル・キャピタルの概念そのものについて再考をくわえることを主眼としていないが、今後ソーシャル・キャピタル概念の批判的検討を行おうとする時のために、具体的にパットナムがどのような理論的道具を用いているのか確認しておくことは無駄ではあるまい。
 まず市民による協力ということを考えるためにパットナムは「協調行動」に焦点を当て、その理論的裏づけためにゲーム理論で言われる繰り返しゲームを援用している(Putnam 1993=2001: 200-206)。また新制度論で言及される「取引費用」を節約するような規範・制度の役割も援用している(Putnam 1993=2001: 212-214)。このように、ゲーム理論や制度論といった理論はソーシャル・キャピタルの理論的な基礎を提供している。さらにパットナムは南北の制度パフォーマンスの違いを支える社会資本の違いについて、その起源を歴史的にさかのぼる。すなわち制度学派が主張するように、制度には「経路依存性」が見られ、複数均衡が存在し制度が補完的であることを援用している(Putnam 1993=2001: 220-226)。またネットワークからソーシャル・キャピタルを考察すると、社会的信頼は互酬性の規範と市民的積極参加のネットワークから現れる可能性があるとして、市民参加ネットワークは強い結合よりも弱い結合のほうがよいと述べる(Putnam 1993=2001: 212)。ここでは社会ネットワーク分析の理論が用いられている。
 このように様々な理論がソーシャル・キャピタルには援用されている。したがって、ソーシャル・キャピタルを批判的に考察するためには、ソーシャル・キャピタルを端から否定するという非生産的な批判を行うのではなく、制度論の歴史的経路依存性や複数均衡による制度補完性、協調行動を裏付けるゲーム理論等、その理論的な背景も含めて批判することが建設的な批判的再検討であるといえる。

 したがってきちんとソーシャル・キャピタルそのものを巡って再検討するには、時間的にも力量的にもかなりのものが要求される。それよりも今後重点的に考察されるべき点はソーシャル・キャピタルの理論のみならず、理論に基づいた実証分析の部分であろう*2。パットナムの分析は社会哲学や社会科学の様々な理論に支えられているとはいえ、やはり実証分析が中心であり、ソーシャル・キャピタルに関しても信頼・互酬性の規範・ネットワークそれぞれを構成するデータの妥当性を検討したり、ソーシャル・キャピタルに関して信頼・互酬性の規範・ネットワーク以外にもより適切な構成要素があるのではないか検討したりなど、実証分析に関する試みが肝要であると思われる。ひとつの例を挙げると、信頼・互酬性の規範・ネットワークはソーシャル・キャピタルの絶対的な構成要素ではなく、潜在的な要素の一部であることから、より適切にソーシャル・キャピタルの理論を反映する実証的なデータがあるのか、あるとすればどういったデータであるか探求するという課題があると思う。
 少し角度を変えて述べると、ソーシャル・キャピタルの研究現状としては、ソーシャル・キャピタルの決定的な理論というのは存在せず、模索状態が続いているといえる*3。何よりパットナム自身もMaking Democracy Workでは最初からソーシャル・キャピタルの理論を提唱し実証したというよりも、制度パフォーマンスの違いを明らかにするために各種データから市民共同体性に注目し、最終的に「社会資本(ソーシャル・キャピタル)」を提唱するというプロセスを取っている。つまりパットナムは協調性を誘発する制度はどうして供給されたのかという問いの答えとして「自発的な協力がとられやすいのは、互酬性の規範や市民的積極参加といった形態での社会資本*4を、相当に蓄積してきた共同体である」(Putnam 1993=2001: 206)と述べている。
 このことからも理論的には制度論を超えて新しい理論的付加を加えることよりも、パットナム自身が行ったように現状の理論に基づいてより適切にソーシャル・キャピタルを表すべく、様々な実証分析を行ない、結果として理論に還元するという方向が有益だろう。

*1:このソーシャル・キャピタル概念の変遷については第2章1節を参照のこと。

*2:現段階で理論にもとづいた実証分析として最も成功しているのは、社会ネットワーク分析に立つ研究グループであると思われる。ナン・リン、クック、バートらは個人のソーシャル・キャピタルに焦点をしぼり労働について分析している(Lin et al. eds. 2001)。また金光淳は実証に向けてソーシャル・キャピタルの議論を整理し、理論と実証をつなげるための基礎を形成したといえる。それらの研究をふまえつつ、さらなる研究の蓄積が求められる(金光 2003)。

*3:現段階では「人々に協調行動を可能にする構造」というコールマンの理論を下敷きに、パットナムがもう少し具体化し、「協調行動を可能にすることで社会の効率性を改善できる信頼・互酬性の規範・ネットワークという社会組織の総体」と定義づけた。だがこれは「協調行動のためには、このようなものが候補として考えられるのではないか」と提唱した状態である。より精緻な理論化のためには、理論研究のみならず実証研究が必要である。

*4:ここで「社会資本とは、人々の協調行動を活発にすることによって社会の効率性を改善できる、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴をいう」(Putnam 1993=2001: 206-207)という定義が表明される。