電子マネーの社会的考察

先日、電子マネーの共通端末化の進行を伝えるニュースがあった。

セブン&アイ、複数電子マネー対応の読み取り端末を世界で初導入
 セブン&アイ・ホールディングスは2007年春をメドに、SuicaEdyといった複数の電子マネーに対応した端末を、セブン-イレブン・ジャパンの店舗1万1000店以上に導入する。同時に、同社が独自発行する電子マネーnanaco(ナナコ)」のサービスを始める。続いて2007年中にも、読み取り端末をイトーヨーカ堂などグループ企業に展開。Suicaなど他社の電子マネーの取り扱いをスタートさせる。

 セブン&アイが導入する電子マネーの読み取り端末は、松下電器産業製。松下製の読み取り端末を、東芝テック製のPOSレジスタに組み込んで導入する。新型の読み取り端末では、nanacoSuicaEdyのほか、JCBが展開する「QUICPayクイックペイ)」やNTTドコモの「iD」、UFJニコスの「Smartplus(スマートプラス)」など、後払い方式の非接触型クレジットカードも使えるようにすることを目指す。

 セブンイレブンやイトーヨー堂、デニーズジャパンなどを傘下に持つセブン&アイは、昨年11月にSuicaでもEdyでもない独自の電子マネーを発行することを発表済み。利用金額などに応じてポイントを付与する「ポイント・サービス」と電子マネーを組み合わせたサービス展開を目指している。ポイント管理などのサーバー系システムは、野村総合研究所が開発を担当する。
(大和田 尚孝=日経コンピュータ)
[2006/05/19]

セブン&アイ、複数電子マネー対応の読み取り端末を世界で初導入 | 日経 xTECH(クロステック)


異なる電子マネーの読取装置を置くことで、電子マネーはより「お金」らしくなる。

一般的に貨幣の機能として、
 1、交換機能
 2、尺度機能
 3、貯蔵機能
の3つがある。

まず一つ目は、お金を出せばそれに相応しい商品と交換してもらえるように、交換媒体機能があることである。さらに言うと、100円を出せば100円のモノと交換してもらえるのは、その100円がまた別のものと交換できる・別の人にも受け取ってもらえるという期待が人々の間に成立していて、その期待は実際にお金が流通する・流動性を帯びるという事実性によって担保されるからである。期待によって成立する事実性が、翻って期待を担保するという構図である。いわば、お金は流通することで、自らを流通せしめる。

2つ目は、100円で交換されるものは100円の価値があり、それらは10個集まることで1000円のモノと等価になるように、共通の尺度として機能することだ。物々交換だと、ある人にとってりんご1個はみかん3個と同じ価値があるかもしれないが、別の人にとってはりんご2個がみかん3個と同じ価値になるかもしれない。このとき同じりんごでも、りんごの価値は人によって異なる。ここで、お金を通して100円なり200円なりになることで、りんごの価値は一義的に決まる。お金にはモノを同じ尺度で図ることができる。

最後に、100円のりんごはやがて腐ってしまい価値が無くなるが、100円のお金はよほどのことが無い限りそこに100円として存在し、また蓄えることが出来るように、お金には貯蔵機能がある。

これら三つの機能は、電子マネーになることで、より純化される。交換機能については、電子マネーは情報のやり取りにすぎず、物理的な制約がかなりなくなるため、機能が純化される。尺度機能については、デジタルデータになることで、より尺度機能になじみやすい。貯蔵機能についても、デジタルデータは劣化せず、情報が飛ばない限り存在し、蓄えることが出来る。


お金は人々がお金だと思い、実際に使えばお金になるのであるから、別にデジタルデータでもお金になりえる。
こう書くと、電子マネーはより純化した貨幣機能があり便利なようだが、社会的には別の側面が見えてくる。

それは情報システムの設計に強く依存するようになり、またシステムの設計者はシステム設計の専門家であっても、社会・経済の専門家ではないという問題である。

少し迂回すると、電子マネーの使用をコントロールする手段として主に4つあるように思う。レッシグに習って説明すると、法・規範・市場・アーキテクチャである。まず法によるコントロール電子マネーの使用に当たって、その使い方を法というルールに書き込むことで可能になる。規範によるコントロールは人々が電子マネーの使用にあたってはなんらかの理由で「こう使うべきだ」と思うことで可能になる。市場によるコントロールは、電子マネーの導入コストや運営コストが大きくなりすぎるなど、経済的に効率的でない場合に可能になる。そしてアーキテクチャによるコントロールでは、設計段階で使い方を決めることにより可能になる。


現実に可能性が高そうなのは、アーキテクチャによるコントロールではなかろうか。電子マネーになることで、金融という側面よりも情報システムとしての側面が強くなるからである。そしてその場合、システムの設計段階でどういう使い方をするればよいのかを決めるのはシステム設計者である。仮にある機能が設計段階で削られたとしても、実際に使う人は機能が削られたとは感じない。使用者はアーキテクチャ通りに使う可能性が高い。

そのような状況では設計者の権限は非常に大きくなる。システム設計者はあくまでもシステムの最適性を考え、設計を行うが、そのことが社会的に最適であるとは限らない。部分最適の追求は必ずしも、全体最適の追求にはならないのである。例えばシステムとして便利なSuicaは、いつ・どこで使ったのかという履歴が残り、アイデンティファイの手段に容易になりえる。Amazonはキャッシュを利用することで、誰がアクセスしているか特定し、その個人にあった商品をデータベースから抽出し提供する。

いわば、システムの快適を追求することで、匿名であることの自由を失う。情報社会では、知らず知らずのうちに人は「顔」を見せているのだ。

ただ一方的に情報システムによる恩恵を否定すべきだと言っているのではない。消費者は適切な情報を与えられて、個々人が選択するしかないと思う。

というのも、最大の問題は、専門分化したことによって社会が相互不透明になり、そこからリスクが生じていることだ。ある分野の専門家は、別の分野では素人である。ある分野の専門家の最適な判断が、別の分野の専門家にとって最適であるとはかぎらない。

そこで現状のような専門分化の方向で進めば、よりリスク社会化することになるだろう。それに対処するには、専門家が専門家を相互にチェックすること、そしてそのチェックされた情報がミドルマンを通じて提供されること、その提供された情報が素人の間で共有化されることである。素人が連帯して、専門家をチェックするという単純な話では決してない。素人が専門家の言うことを一々チェックするのは現実的に難しい。両義的だが、専門分化によるリスクに対処するには、専門家への信頼が必要であろう。

電子マネーは経済的には便利であろう。だが社会的にはそれによって失うものもあるではないか。どういう選択・決定をするかは個々人によるのだが、適切な情報は与えられた上での決定であることが重要である。


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