プロジェクトの政治学

一般的によく言われることだが、プロジェクトというものは、遅れ、そして失敗することが多い。成功プロジェクトは実に少ないのである。

スケジュールがなんとか間に合って、「それなりのもの」が作れれば良いほうで、ひどい場合には納期は遅れ、納期の遅れを少しでもカバーしようとして品質も良くないものが出来上がる。

それでは、なぜプロジェクトは遅れるのだろうか。技術が日々進歩しているにもかかわらず、プロジェクトの成功率が合わせて上昇したという話はほとんど(全く)耳に入ってこない。とすると、技術の向上はプロジェクト成功の主たる要因ではないことになる。何か別のファクターが要否を決めている。

それは何かというと、複雑に絡み合う諸々の要素を制御する能力、政治力であろう。

スケジュールは限られている。予算も限られている。人員も限られている。そんな様々な制約の中での最適解を導くために、各種リソースを配分する。それは政治行為以外の何者でもない。

そして最適解を導くと言っても、予算、時間、人員が限られている中、ビジネスの目的達成のために要求される技術とその限界、可能性、相互関係を把握するのは容易ではない。まして日々の技術進歩により、相互の互換性等、複雑性は増大しつづけているのだから。


また、リソースの配分という意味に加えて、決定はプロセスの中でなされていくという意味でも政治的である。

プロジェクトの目的、範囲(スコープ)、システムリリースの時期、サポート・・・どれも顧客との折衷過程の中で決まる。

顧客側にすれば、プロジェクトのスコープを広く、そして出来るだけ速くシステムリリースされれば満足度が上がる可能性は大きくなる。しかしプロジェクトチームからすれば、限られた制約の中で、より厳しい資源配分が求められることになり、失敗する可能性は上昇する。

そのせめぎ合いが、要件定義で先鋭化し、それ以降も要件変更と言う形で絶えず突きつけられる。その変更要求を受け入れるか否かは、やはり手持ちのリソースを見つつ、是々非々で判断される。


以上、簡単に述べてきたように、プロジェクトの成否は技術に負う事もあるのだが、それ以上にリアルな身も蓋もない「政治」によって決定されるのである。


さらにプロジェクトメンバーの関係に焦点をしぼると、プロジェクトの社会学として論じられるが、それはまた回を改めて。