IT業界の体育会系カルチャー

IT業界というフィールドに身を置いて早1年以上。世間でイメージされるいわゆる「IT業界」とは違うことの一つが「体育会系文化」である。以下、用語の定義が不十分を承知で、そのことをラフスケッチしてみる*1

新しい産業でもあり(実際、産業分類表にもうまく配置されていないように感じる)、そこで働く人はいわゆる「知識労働者」のように語られることが多い。だが、そのようなイメージと異なり、現場では「体力・気合・根性」が重視されることに気づく。また組織も、Linuxとともに語られることの多いネットワーク型というよりも、上意下達のヒエラルキーに近い*2

その理由として、考えられるのが未成熟な分野であること。分野としてまだまだ未成熟で、教育や人・技術のマネジメントノウハウが蓄積されていないために、プロジェクトの成否が、現場の人間、とりわけプロジェクト下流フェーズに携わる人間の「体力・気合・根性」に最後は負うことだ。また端的な事実として男性が多いので、体育会系のホモソーシャルな文化になりやすいこともあるかもしれない。

リクルートにしても、大学院で専門の機械工学を学び、船・自動車等の製造業に進む人が多いのと異なり、大学院でソフトウェア工学を学んで会社に入ってきましたと言う人はあまり(ほとんど)いない。技術のマネジメントも歴史ある製造業と異なり、形のない(不確実性の高い)情報サービス・知識をマネジメントしなければならないが、その歴史は浅い。

そして不確実性が高いというのはコストの計算を難しくさせる。適正に見積もることが、経営側も顧客側も難しいのである。具体的に目で見て、手で触れるモノと異なり、目に見えない情報サービスにいくら価値があるのかわかりにくい。そこでしばしば、時間も費用も過小に見積もられる(インセンティブが働く)。

結果として、最後は現場の「体力・気合・根性」で「なんとかする」しかないのだ。もちろんその「なんとかする」ことで発生する過剰労働にはサービス残業で応じさせる企業もあると聞く。それでもコストが問題になる場合は、テレビ局さながらの下請け(アウトソーシング)で「なんとかする」のだ。そんな上意下達に適した人材は、文句もいわず「気合・根性」で「なんとかして」くれる人材。そこで「体育会系文化」が温存される。


また組織に眼を向ければ、形態が思いの外、ヒエラルキーになるのも、ヒエラルキー型こそマネジメント力が問われないことが考えられる。ネットワークというときには、ノード(点)とタイ(線)で構成されるように、誰の(どの点を中心とした)ネットワークなのかが問題になる。しかし、ヒエラルキーは誰のヒエラルキーという言い方がされないことからも、人の個性が問われないことを長所とするシステムである。人の専門能力が重要になるネットワーク組織と異なり、専門家集団でもない人が集まっても効果を出すためのシステムとしてヒエラルキーは優れている。とはいえ、人の個性を問わないからこそ、トップ層にマネジメント能力がなくても、それなりにシステムがまわってしまうことが、問題になることもある。それが先ほど述べた、不確実性の高さに対処する時である。情報産業という不確実な状況に素早く対応することが、ヒエラルキーではうまくいくのかと疑問が呈された所以でもある。

日々成長し、大きくなっていくIT業界。そこに入ってくる人も未経験者も含み増えている。そんなノウハウの無い大人数の人を組織するにはヒエラルキーが候補としてあがるのだが、情報という形のない、不確実なサービスを素早くリリースすることとうまくマッチしない。またネットワーク組織は、大人数の素人よりも少数の専門家の方が適している。何より業界というものを形成するには、少人数の専門家よりも大人数の未経験者をいかにプロに育てるかが重要になる。

そんな中、ヒエラルキーとネットワークの間として、事業部制カンパニー制を採る企業も多い。ヒエラルキーの長所でもある「非人称性」と、ネットワークの長所である「柔軟性」を同時に持たせようというわけだ。しかし現状では、高い不確実性の前に、個人としての専門性、組織としてのノウハウが蓄積されておらず不足しているので、最後は現場で働く個人の「気合・根性・体力」に頼ることになる。体育会系精神主義で短期的には「なんとか」しのいでいる。しかし長期的には、組織のノウハウ不足を温存することにもなるのだ。


さて、ここまでに問題にしたのは、誰か特定の個人や特定の会社というよりも、IT業界や組織・システムの動きである。もちろん一朝一夕に解消する問題ではないが、比較的楽観的でもある。それは時間が経ち、業界として成熟すれば、組織としてのノウハウ蓄積されて行くのではないかとも思うからだ。それとあわせて、大企業の情報システム部で初めてコンピュータに触れましたという人の時代から、幼少期にすでにコンピュータに触れていた人がIT業界に入ってくる時代になるだろう。そのなかには、専門的な情報工学・ITマネジメントを学んだ人も含まれているだろう。何より成熟から衰退へ入っていく業界もある中、これから成熟するのがIT業界なのだから。

*1:この記事は特定の人、特定の企業を念頭に書いたものではありません。念のため。

*2:学術論文なら、官僚制とは以下の条件に合致する・・・とウェーバーを引き注釈をつけ、ネットワーク組織について今井・金子(1988)、朴(2003)によれば・・・、となるのだろうが、今回はラフスケッチなのでご勘弁ください。