第十七回

終章 まとめとインプリケーション 
 ここまでの議論をまとめておこう。流動性が高く、リスクを個人で引き受けなければならない現代社会ではセキュリティが社会的な問題関心となり、不安のポリティクスが横行しやすいことも述べてきた。そうした状況では不安をあおることでテクノロジーによる監視が導入されやすいがそれ自体がリスクとなる(第1章)。そのため、協調行動をとることで社会の効率性を改善する信頼、ネットワーク、互酬性の規範といった社会組織の総体であるソーシャル・キャピタルオルタナティブとして考える必要性を述べてきた(第2章)。そしてセキュリティに対するソーシャル・キャピタルの役割について両者を関連させてまとめた(第3章)。
 それをうけて実証分析に入っていき、具体的にはロバート・パットナムの研究枠組みを検討した後、セキュリティの中でも犯罪を例にとってソーシャル・キャピタルとの関係を仮説として提出した(第4章)。そして筆者自らデータを基にソーシャル・キャピタル・インデックスを作成したのち(第5章)、ソーシャル・キャピタルが犯罪に対して負の関係にあり、ソーシャル・キャピタルの蓄積が犯罪防止に効果があるということを実証的にも明らかにした(第6章)。
 
 さらに第6章での実証分析の結果を改めてまとめると、ソーシャル・キャピタルが犯罪に対して負の関係にあること、犯罪の種類によって働く要素が変わることが相関係数から発見された。そして社会統制変数としての警察官数をくわえて多変量解析の結果、警察官数は有意ではなく、ソーシャル・キャピタルが犯罪防止に効果があり、オルタナティブとして機能しうることが明らかになった。さらにソーシャル・キャピタルの効果は流動性指標としての経済変数を加えたとしても、残っていることも確認された。
 しかし相関分析からソーシャル・キャピタルの効果には限界もあり、日常のリアルスペースに限られることが分かった。そして若干政策的なことものべると、効果に限界があるという結果はソーシャル・キャピタルを魔法の杖のように用いることは誤りであるということにつながる。ソーシャル・キャピタルを一つの視点として持つことの重要性を否定するものではないが、それでもソーシャル・キャピタルの効果を過度に強調することはその本来の有用性をも否定してしまうことになりかねない。

 では論文全体のまとめとして最初の理論的な関心に戻り、現在の状況で考えられるインプリケーションはどういったものなのかを考えてみる。情報化やグローバル化の影響で社会的な流動性が高まり、それと表裏一体で市場が国家や社会に対して優位になってきた。その結果社会で行ってきたことも市場が行うようになってきた。いわば貨幣というメディアによって交換される領域がふえ、何事であるための必然性が薄れてきたように思われる。
 そうした状況であるからこそ、信頼・ネットワーク・互酬性の規範という価値に焦点をあてて考察する必要がある。流動性に対して、また入れ替え可能性に対して「つながる」ことで、そして「われわれ」という意識にささえられた「社会」を広げることで対処するということである。
 しかし流動性の高まりがソーシャル・キャピタルを減少させ、その結果流動性が高まったという状況もあるだろう。そこで考えられる処方箋としては流動性の高まりの大きな原因となった情報テクノロジーに注目すること、さらに集団に焦点を当てるのではなく個人に焦点を当ててソーシャル・キャピタルを蓄積する必要がある。つまり集団のために個人がいるのではなく、個人の利得につながるが故に集団にコミットするということが重要なのだろう。それは集団から個人を考えて議論を進めると、ソーシャル・キャピタルが個人の抑圧手段になる可能性があるからである。たしかに公共財としてのソーシャル・キャピタルは重要でありそれにコミットメントすることが必要ではあるが、そのために滅私奉公となってしまうことは避けねばならない。
 情報テクノロジーの進展は社会の流動性を増加させもしたが、同時に個人をエンパワーメントする可能性もひらいた。そのために個人がどのように考えるか、振舞うかが重要となり、個人がセキュリティを確保するためにソーシャル・キャピタルを蓄積することが重要なのである。言い換えれば、流動性の高さに伴うセキュリティの上昇に対するには、ソーシャル・キャピタルを蓄積することが必要だが、それは個人を抑圧しない範囲で考える必要があるのである。このトリニティがどこまで可能なものかを考察することは重要なことである。

 本研究はセキュリティの担保におけるソーシャル・キャピタルの役割について、理論的・実証的に考察したものである。だがしかしやり残したことも多い。
本研究の立場はソーシャル・キャピタルを肯定的に、監視・法の厳罰化・警察力の強化については否定的にとらえるものであった。


図 4 本研究の力点
 
 しかし今日のセキュリティを巡る問題は、上記の軸そのものが揺らいでいることである。
何がプラスで何がマイナスなのか、ソーシャル・キャピタルにおける監視の要素という監視・法とソーシャル・キャピタルの共振など軸そのものが揺らいでいる。
 そうした軸の揺らぎも含め、セキュリティやソーシャル・キャピタルを考察することは大変重要な課題であるが、その課題はまた別の機会に譲ることにしよう。