第十六回

2 犯罪発生、ソーシャル・キャピタル、警察官数の多変量分析

 第1節ではソーシャル・キャピタル・インデックスと犯罪認知件数との2変数による相関分析を行なった。それでは続いて、ソーシャル・キャピタル・インデックスと犯罪認知件数に第三の変数を加えて多変量分析を行なう。多変量分析によってソーシャル・キャピタルがどの程度の効果を持つのか、より精密に分析を行おうと思う。
この第2節では、第三の変数として警察官数を加えて、その条件のもとでどの程度ソーシャル・キャピタル・インデックスが有効に機能するのかを検証する。警察官数はここではある種の社会統制変数として用いる。
さらにこの分析の背景を詳しく述べておく。序章や第1章ではリスク社会化に伴うセキュリティの上昇に対して、セキュリティ確保のためにまず法の厳罰化や警察官の強化という手段が取られること、そしてオルタナティブとしてソーシャル・キャピタルを考えるとことが重要だという論旨を述べた。そのセキュリティに対するそれらのアプローチを実証的にも確かめることが狙いであり、ソーシャル・キャピタル・インデックスにあわせて社会統制変数として警察官数を入れて多変量分析を行なうのが狙いである。

実際の分析では犯罪発生を表す変数として一般刑法犯認知件数を被説明変数にとり、ソーシャル・キャピタル・インデックスと人口千人あたりの警察官数を説明変数として用いて回帰分析を行なった。分析結果は以下の通りである。

表 3 回帰分析その1モデル
非標準化係数 標準化係数 t 有意確率
B 標準誤差 ベータ
 (定数) 14.399 3.741 3.849 .000
SCINDEX -4.699 1.038 -.560 -4.529 .000
POLICE 2.355 2.150 .135 1.095 .279

モデル R R2 乗 調整済み R2 乗 推定値の標準誤差
.609(a) .371 .343 4.74710
従属変数: CRIME
CRIME:人口千人あたり犯罪認知件数
POLICE:人口千人あたり警察官数


この結果はソーシャル・キャピタル・インデックスが犯罪に対して1%有意で負の関係があり、人口千人あたりの警察官数は犯罪に対して10%水準でも有意でなかったということを示している。つまり警察官数を加えた多変量分析では犯罪発生とソーシャル・キャピタルの間には負の関係が見られる一方で、警察官の数は犯罪発生に対して有意でないということが示された。
このことから警察官の数という社会統制変数を加えても、ソーシャル・キャピタルは説明力を有していることが明らかになった。逆に警察官の数を増やすことは犯罪の抑止に対してさほど効果が見られないことを分析結果は示している。序章や第1章で述べた通り、やはりセキュリティ確保に当たっては、警察力の強化という手段よりもソーシャル・キャピタルを蓄積するという手段の方が犯罪を抑止する効果があるということだ。そして警察力の強化は、効果期待は高いものの実際の効果との間にギャップがあるために、ギャップそのものが駆動力となりますますセキュリティへの希求を高めるものである。セキュリティを確保し、セキュリティの上昇圧力を止めるためには、ソーシャル・キャピタルに目を向ける必要性をこの2節の分析結果は示しているといえる。

3 犯罪発生、ソーシャル・キャピタル、経済変数の多変量分析

最後にソーシャル・キャピタル・インデックスと犯罪変数に加え、経済変数を加えて、その条件のもとでどの程度ソーシャル・キャピタル・インデックスが有効なのかを多変量分析により検証する。分析の目的はソーシャル・キャピタル・インデックスと犯罪変数の間で見られた関係が、経済変数を入れた状態でも保持されているのかを検証する。そしてなぜ経済的要因を考えるのかということについては、経済的な発展が社会の専門化、社会の流動化をあらわしているのではないかと考えるためである。序章や1章では社会の流動性が増加することはセキュリティの上昇を促進しているのではないかと述べたが、経済変数によって社会の流動性を代理的に表現し、それと犯罪発生、ソーシャル・キャピタルとの関係を多変量分析で明らかにしたいと思う。
ここでは犯罪発生として一般刑法犯認知件数を被説明変数にとり、ソーシャル・キャピタル・インデックスと一人あたりの県民所得を説明変数として用い回帰分析を行なった。分析結果は以下の通り。

表 4 回帰分析その2モデル
非標準化係数 標準化係数 T 有意確率
B 標準誤差 ベータ
  (定数) 2.398 5.432 .441 .661
SCINDEX -3.797 1.011 -.453 -3.756 .001
PRODUCT .006 .002 .358 2.971 .005

モデル R R2 乗 調整済み R2 乗 推定値の標準誤差
.680(a) .462 .438 4.39093
従属変数: CRIME
CRIME:人口千人あたり犯罪認知件数
PRODUCT:一人当たり県民所得2001


この結果はソーシャル・キャピタル・インデックスが犯罪に対して1%有意で負の関係があり、経済変数も1%有意で犯罪と正の関係があるということを示している。ここでは経済変数を加えた多変量分析でも犯罪発生とソーシャル・キャピタルの間には負の関係が見られた。このことから経済変数という変数を加えても、ソーシャル・キャピタルは説明力を有していることが明らかになった。さらに説明を加えると、標準化係数から社会の流動性が増加することは犯罪発生を促進することが確認された。その一方で、ソーシャル・キャピタルはその促進分以上に犯罪を抑止する効果があるということだ。したがって社会の流動性の高まりに伴うセキュリティの希求に対しても、ソーシャル・キャピタルが有効な働きを示す可能性をこの分析結果は示している。