第十三回

第5章 ソーシャル・キャピタル・インデックス

1 ソーシャル・キャピタル・インデックスの作成方法

 それでは実証分析で用いるソーシャル・キャピタル・インデックスを作成しなければならないのだが、まずはその作成方法について述べよう。
 ソーシャル・キャピタル・インデックスの作成については大きく2つの種類があるように思われる。第1に理論的にソーシャル・キャピタルがあれば増加(減少)すると思われる変数を「代理変数」とするものである。第2に同じ傾向を有する基礎データをまとめて「合成変数」を作るという方法である。
 この二つの方法は対立するものというよりも、分析の違いによってアプローチが異なると考える方がよいだろう。まずソーシャル・キャピタルという概念を主に理論的な説明に用いてその補足としてデータで分析する際には、犯罪率、出生率、失業率などを代理変数にして用いて、ソーシャル・キャピタルは主に理論的な枠組みとして用いて分析する。また代理変数を説明変数としてだけではなく被説明変数として、ソーシャル・キャピタルの様々な構成要素の変動として焦点をあて、そうした被説明対象をソーシャル・キャピタルという枠組みで理論的に説明することも可能である。
 他方、ソーシャル・キャピタルでより詳しく実証的な分析を行なう際には、各種データの合成変数としてインデックスを用いるほうがより適切であろう。本研究でも次の章で、ソーシャル・キャピタルを理論的な説明として用いるというよりも、実証的な説明の道具として使用するため、より代表性を高めるべく合成変数というかたちをとる。それは実証的な(説明)変数として用いる以上、代理変数よりも様々な変数の合成の方がより理論を代表した変数となるからである。具体的には「信頼」をひとつ取り上げても様々な信頼が考えられることから、考えられる信頼のデータを足し合わせる方がより「信頼」というものを表せるということである。
 ここまで述べてきたことをまとめると、インデックスを作る際に代理変数を用いるか合成変数を用いるかの違いは、ソーシャル・キャピタルを理論的に用いるのか、それとも詳しく実証的に説明するために用いるのか、という研究の力点の違いと考えることが出来る。例えば、パットナムの研究でも、まず各種データからソーシャル・キャピタルの減少を理論的に唱えたのち、ソーシャル・キャピタルの減少が与える影響を合成変数から説明している(Putnam 2000: SECTION Ⅳ)。
 まとめると、理論に重きを置く場合にはわざわざ合成変数を作るよりも各種データで補う程度でよく、そうではなく何かを実証的に説明する際には合成変数という形でインデックスを作る方が理論をよく代表し説明力が高くなると思われる。(図3を参照)



図 3 SCの理論とインデックスの関係


 上記のインデックスを巡る説明では、やや一般的なインデックスの作成方法について述べてきたが、パットナムの方法にそって具体的に合成変数について述べてみよう。パットナムは政治学の基本的な問題として「統治するのはだれか」「どれほどよく統治するか」の2つの問題があり、前者はここ数十年政治学の問題となったが、後者は価値自由で「客観的な」社会科学では分析されてこなかったと述べている(Putnam 1993=2001: 74)。
 後者に挑むためにパットナムはⅠ.包括性、Ⅱ.内的一貫性、Ⅲ.信頼性、Ⅳ.制度主唱者と選挙民の目標・評価の一致という四つの評価基準(Putnam 1993=2001: 75-76)を提示する。この四つの評価基準を達成するために12の指標(Putnam 1993=2001: 79-87)とその相関を測定するという方法を取る。そこで各州政府を鄯.政策過程、鄱.政策表明、鄴.政策執行の三つの点で図り、具体的に鄯.政策過程に関わる指標として、内閣の安定性、予算の迅速さ、統計情報サービスの三つ、鄱.政策表明に関わる指標として改革立法、立法でのイノベーションの二つ、鄴.政策執行に関わる指標として保育所、家庭医制度、産業政策の手段、農業支出の規模、USL(地域保健機構)の支出、住宅・都市開発、官僚の応答性の7つ、合計12の指標を用いる。これら12の指標から合成変数である「(州ごとの)制度パフォーマンス指標」を作成し、州の統治にどれだけ満足しているかという「市民満足度」との相関を求めた。
 またパットナムは制度パフォーマンスの差異を説明するために同様の方法で、州別の優先投票率国民投票率、新聞購読率、スポーツ・文化団体の活性度の四つから「市民共同体指数」を求め、制度パフォーマンス指数との相関を求めたのである。
 さらにパットナムは市民共同体と社会・政治変数との関係も求めた。具体的には恩顧主義、共和制支持、選挙制度改革への熱心さ、生活満足度との相関を求めた。その結果、市民度が高い州だと市民が積極的に諸問題に参加し、指導者も社会的ヒエラルキーより民主主義を信じている。市民度が低い州はその逆であると明らかにした。
 そしてパットナムは市民的伝統が市民共同体に与える影響を調べるために、相互扶助境界の会員数、協同組合の会員数、大衆政党の強さ、ファシズム以前の選挙の投票率、地方の任意団体の存続年数から「市民的関与の伝統を示す指標(1860−1920年)」を作る。それと市民共同体や社会経済的発展、制度パフォーマンスとの相関を求めた結果、「市民的伝統は引き継がれ、それに経済が付随する」(Putnam 1993=2001: 192)ことが分かった。このようにパットナムは様々な合成変数から空間横断的な分析を行なったのだ。
 このようにパットナムは様々な指標を合成することでインデックスを作成し、それと明らかにしたいこととの間に相関を求める方法をとっている。本研究でもパットナム同様、合成変数としてインデックスを作成する。

 ここまでインデックスの作成方法について述べてきたが、次にインデックスの適用範囲と使用データについて述べる。ソーシャル・キャピタルの実証研究での適用範囲としては、様々なレベルで分析がなされてきた。そのレベルは大きく三つに分けることができ、具体的には個人のレベル、国のレベル、国際レベルに分けることができる(Durlauf 2002: 3-6)。
 個人のレベルとしては個人が転職をする際のソーシャル・キャピタル・インデックスが具体例として挙げられる。この場合にはとりわけ個人のもつネットワークの強さや範囲に力点が置かれる。このレベルは社会ネットワーク分析と親和性が高く、個人のもつ弱いネットワークや強いネットワークと転職の成否、企業でのポジションの研究に適用される。
 次に国のレベルとしては政治や経済などの分野が考えられ、例えばパットナムが行ったように各州のデータを用いてソーシャル・キャピタル・インデックスを作成し、様々な分析対象との相関分析をするという研究がある。政策やガヴァナンスの成否を握る鍵としてソーシャル・キャピタルを研究する時にはこのレベルの議論になると考えられる。
 最後に国際レベルとしては国際政治や開発経済などの分野で、先進国や途上国のそれぞれの国でのソーシャル・キャピタル・インデックスを求め、例えばフランシス・フクヤマが行ったように各国の信頼(Trust)を比較し(Fukuyama 1995=1996)、それと国ごとのパフォーマンスを比較検討するという研究や経済開発のために経済資本のみならずソーシャル・キャピタルを説明要因として用いるという研究が考えられる。
 以上ソーシャル・キャピタル・インデックスの適用範囲について述べてきたが、インデックス作成に用いる使用データについても議論があり、ソーシャル・キャピタルの概念を表すものとしてはソーシャル・キャピタルの基底を確定するようなフィジカルな観察データより、社会心理学的なデータのほうがよいのではないかという主張がある(Durlauf 2002: 26)。本研究でもこの主張をうけ、信頼・互酬性の規範、ネットワークなどの特性を生かすために意識データからインデックスを構成する*1
 
 ここまで述べてきたことを踏まえ、第6章で用いる具体的なソーシャル・キャピタル・インデックスの作成方法としては、合成変数を用いることにする。その理由としては先ほど述べたように、ソーシャル・キャピタルを合成変数として表す方がより代表性が高くなることが考えられ、ソーシャル・キャピタルを実証的に分析の道具として用いる本研究では合成変数の方がより適切であると考えられるからである。
 そして様々な生データを用いるのだが、パットナムが行ったように、合成するためにはデータの平均・分散を均さなければならないため、各種の生データをまず標準化する。その作業の後、同じ傾向を有するデータを平均して合成変数とするという方法をとる。

*1:あとは都道府県レベルまでそろったデータが極めて少ないという入手に関するデータの制約が理由として大きい。全国レベル、都道府県レベル、市区小村レベルと単位が下がるにつれ、利用できるデータは極めて少なくなっていく。