修士論文目次と要旨

先月提出した修士論文の目次と要旨です。昨日の発表会のレジュメでもあります。

セキュリティの担保におけるソーシャル・キャピタルの役割

目次

序章 本研究の視座  
 1 問題意識と「問い」の設定
 2 ソーシャル・キャピタルの先行研究
 3 研究の方法
 4 ソーシャル・キャピタル研究の困難さと本研究の意義
 5 本研究の概観

第1章 なぜセキュリティが問題となるのか  
 1 社会的関心としてのセキュリティ
 2 リスク社会化にともなうセキュリティの上昇
 3 リスク社会化における第三セクターの役割

第2章 ソーシャル・キャピタルの再検討  
 1 ソーシャル・キャピタルはどのように定義されてきたか
 2 ソーシャル・キャピタルの性質
 3 ソーシャル・キャピタルの2つのネットワーク
 4 ソーシャル・キャピタルは社会共通資本や人的資本と何が異なるのか
 5 ソーシャル・キャピタルと社会的絆の理論の比較

第3章 セキュリティに対するソーシャル・キャピタル 
 1 監視技術のリスクと法の厳罰化の限界
 2 オルタナティブとしてのソーシャル・キャピタル―信頼の観点から―
 3 ソーシャル・キャピタルによるセキュリティに対する疑問と応答
 4 社会政策におけるソーシャル・キャピタル

第4章 パットナムにおける実証分析の再検討  
 1 パットナムが行なった実証分析の方法に対する評価
 2 パットナムの研究から導ける実証分析の方法における課題
 3 仮説の提示

第5章 ソーシャル・キャピタル・インデックス  
 1 ソーシャル・キャピタル・インデックスの作成方法
 2 使用データ
 3 データの傾向性について

第6章 犯罪発生に対するソーシャル・キャピタル  
 1 犯罪発生とソーシャル・キャピタルの2変数分析
 2 犯罪発生、ソーシャル・キャピタル、警察官数の多変量分析
 3 犯罪発生、ソーシャル・キャピタル、経済変数の多変量分析

終章 まとめとインプリケーション 

補論 男女別、年齢別のソーシャル・キャピタル・インデックス  

あとがき  
参考文献  
データの出所 


修士論文要旨

 現代社会では情報化やそれにともなうグローバル化の影響をうけた社会的な問題として、広い意味のリスクに対するセキュリティを担保することが重要な社会的課題になってきている。セキュリティが社会の治安悪化意識とともに強く求められるなかで、企業からサービスを買うことのできる人は「安全」、およびそれにともなう「安心」を購入している。そして街中には「防犯のため」という一般に反対することが難しい名目で監視カメラが設置されている。さらに一番の問題として、治安悪化意識が単に「意識」の問題にとどまらず、「現実」の動きとなって現れていることが挙げられる。
 このような大きな動きがある中で、人々のネットワークでセキュリティを担保するためにとりくむような流れは現在では小さいものである。その一方で、行政や市場主導の監視に代表されるように、技術に依存するセキュリティが頻繁に主張される。
 しかしながら技術に依存するセキュリティそのものが、行政による恣意的な情報利用や市場の論理によるコンロトール不能性を引き起こし、リスク要因となる。そして何よりも監視技術によるセキュリティは人々が期待するほどの効果を現実には持っていない。つまり高度な技術によるセキュリティはその効果期待に応じたセキュリティレベルを実現することは実際には難しく、その効果期待と現実の効果とのギャップが不安要因となる。したがって技術だけでは安心に向けて人々を満足させることができず、逆に安心に対して欲求を高めることによって、さらなる監視技術の導入につながっていく。そこでセキュリティを担保するためには、何か別のアプローチを考察する必要がある。そしてそのアプローチとして、先ほど小さい動きだと述べた人々のネットワークでセキュリティを担保することが候補として考えられる。
 本研究では、上で述べてきた問題意識を引き継ぎ、セキュリティを監視技術で担保するのではなく、「人々の協調行動を活発にすることによって社会の効率性を改善できる、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴」をあらわすソーシャル・キャピタルという概念に注目して考察を進める。具体的には、実証的に検証可能なように「犯罪認知件数とソーシャル・キャピタルとの間に、具体的にどういった関係があるのか」という操作的な問いをたて、「ソーシャル・キャピタルは凶悪犯よりも窃盗犯に有効に作用する」「ソーシャル・キャピタルの効果は空間による制限がある」という2つの仮説を統計資料に基づき実証的に分析するものである。さらに犯罪認知件数とソーシャル・キャピタルとの間にある関係が、他の変数を加えた状態ではどのようになるのかまで明らかにするものである。
 

 第1章では、近年「セキュリティ」がなぜ社会的に重要視されているのかを、情報化を背景としたグローバル化再帰的近代化によるリスク社会化といった大きな社会変動との関係において理論的なレベルで位置づけた。そこでは流動性が高く、リスクを個人で引き受けなければならない現代社会ではセキュリティが社会的な問題関心となり、不安のポリティクスが横行しやすいことも述べた。そうした状況では不安をあおることでテクノロジーによる監視が導入されやすいがそれ自体がリスクとなる。このようなネオリベラリズムとも軌を一にしたリスクの個人化に対しては、「われわれ」という意識にささえられた「社会」が必要となるのである。具体的には政府・市場に加えて第三セクターが必要であり、及びそうした制度を支えるソーシャル・キャピタルが重要だと述べてきた。
 第2章ではセキュリティに対するアプローチとして、ソーシャル・キャピタルに関して定義や機能を見てきた。具体的には協調行動をとることで社会の効率性を改善するという機能がソーシャル・キャピタルの主な機能であること、そしてソーシャル・キャピタルがネットワークの強弱によって大きく2つのタイプに分けられることを述べた。また社会共通資本やヒューマン・キャピタル(人的資本)という概念との比較検討を通じて概念を整理し、犯罪学の分野における社会的絆の理論との相違点も述べた。
 第3章では、第1章で述べたセキュリティが求められる社会的背景と第2章で述べたソーシャル・キャピタルをめぐる議論の両者の関係をまとめて整理しておく。なぜセキュリティに対してソーシャル・キャピタルをとりあげるのか、セキュリティにたいしてソーシャル・キャピタルがどのように効果的な役割を果たすのかを述べた。そこではソーシャル・キャピタルがセキュリティに有効になるメカニズムとは、犯罪に走ることが割に合わなくなるように人と人の間に信頼や互酬性やなにかしらのネットワークを構築することであるといえる。その際、ネットワークに注目すると犯罪のためのネットワークが重要であるだけでなく、それ以外の目的で形成されたネットワークであったとしても治安目的に転用されるのである。
 またソーシャル・キャピタルを信頼の概念に注目し考察した。複雑性を縮減する信頼は、複雑性の高い社会に対処するためには重要なものであり、このことから信頼を重要な構成要素とするソーシャル・キャピタル流動性の高まりやリスク社会化にともなうセキュリティの上昇に対して重要となってくる。さらに第3章ではソーシャル・キャピタルでセキュリティを担保することに対する、批判点をあらかじめ整理し返答しておいた。


 第3章までの理論的な整理をうけて実証分析に入っていくのが第4章以降の議論である。第4章では、本研究の実証分析がパットナムの行った研究方法に大きく負う形で進められるために、パットナムの研究枠組み・研究方法をMaking Democracy Workをもとにして検討した。そしてBowling Aloneを参照しつつ実証分析で検証する仮説を導き出す。具体的にはセキュリティの中でも犯罪を例にとり、「ソーシャル・キャピタルは凶悪犯よりも窃盗犯に有効に作用する」という仮説1と「ソーシャル・キャピタルは生活社会で生じる犯罪に対しては有効に作用するが、サイバースペースアンダーグラウンドで生じる犯罪には有効に作用しない」という仮説2の2つの仮説を導出した。
 第5章では、第6章の実証分析に用いるソーシャル・キャピタル・インデックスの作成方法について、データや適用範囲に関して議論を整理した。インデックスの作成方法については、代理変数と合成変数で作成する2つの方法があり、理論に重きを置く場合にはわざわざ合成変数を作るよりも代理変数となる各種データで補う程度でよく、そうではなく何かを実証的に説明する際には合成変数という形でインデックスを作る方が理論をよく代表し説明力が高くなるため目的による使いわけが必要である。インデックスの適用範囲については大きく三つに分けることができ、具体的には個人のレベル、国のレベル、国際レベルに分けることができる。このようなインデックスの議論の整理をふまえ、データを標準化し同じ傾向のデータを平均してインデックスを作成した。
 第6章ではまずインデックスと犯罪認知件数との2変数の分析を行なった。そして「ソーシャル・キャピタルは窃盗犯のみならず、凶悪犯や粗暴犯にも有効に作用する」という結果が出たため、仮説1については全面的には支持されないことがわかった。また「ソーシャル・キャピタルは生活社会で生じる犯罪に対しては有効に作用するが、サイバースペースアンダーグラウンドで生じる犯罪には有効に作用しない」という仮説2は支持された。ソーシャル・キャピタルが犯罪に対して負の関係にあり、ソーシャル・キャピタルの蓄積が犯罪防止に効果があるということを実証的にも明らかにした。
 次に犯罪認知件数とソーシャル・キャピタル・インデックスに第三の変数を加え多変量解析を行った。まず警察官の数という社会統制変数を加えても、ソーシャル・キャピタルは説明力を有していることが明らかになった。逆に警察官の数を増やすことは犯罪の抑止に対してさほど効果が見られないことが分析結果から得られた。さらに流動性指標としての経済変数を加えても、ソーシャル・キャピタルは説明力を有していることが明らかになった。社会の流動性が増加することは犯罪発生を促進することが確認された一方で、ソーシャル・キャピタルはその促進分以上に犯罪を抑止する効果があるということである。
 第6章での実証分析の結果をまとめると、ソーシャル・キャピタルが犯罪に対して負の関係にあること、犯罪の種類によって働く要素が変わることが相関係数から発見された。しかしソーシャル・キャピタルの効果には限界もあるという結果が示しているのは、ソーシャル・キャピタルを一つの視点として持つことの重要性を否定するものではないが、それでもソーシャル・キャピタルの効果を過度に強調することはその本来の有用性をも否定してしまうということである。
 終章で述べた論文のインプリケーションとしては以下のことである。情報テクノロジーの進展は社会の流動性を増加させもしたが、同時に個人をエンパワーメントする可能性もひらいた。そのために個人がどのように考えるか、振舞うかが重要となり、個人がセキュリティを確保するためにソーシャル・キャピタルを蓄積することが必要なのである。その際、流動性の高さに伴うセキュリティの上昇に対するには、ソーシャル・キャピタルを蓄積することが必要だが、それは個人を抑圧しない範囲で考えることが重要である。つまり大事なのは、過剰流動性、連帯、個人の自由という3つのバランスをはかることである。